大阪高等裁判所 昭和34年(ラ)157号 決定 1959年7月14日
抗告人 服部貞次郎 外十九名
主文
本件抗告をいずれも棄却する。
抗告費用は抗告人らの負担とする。
理由
本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。
抗告理由二、(い)について。
忌避の原因は原則として申立をした日から三日内にこれを疎明することを要することは、民訴法第三八条第二項の規定により明らかであつて、右規定が申立人に疎明を要求するのは、忌避権の濫用を防止する趣旨と解すべきであつて、裁判所は申立人の提出した疎明だけで忌避の原因の有無を判断しなければならぬのではなく、公益的事項であるから、必要な場合には職権により証拠調をもすべきである。しかし、右証拠調の限度は裁判所の専権により決すべき事項であるから、申立人主張の忌避の事由に鑑み、その必要がないと判断した場合においては職権による証拠調をすることを要するものではなく、申立人の提出した疎明方法のみにより判断し、又は申立人から疎明方法の提出がない場合、忌避の事由の疎明がないとして申立を却下することができるものと解するのを相当とする。従つて、申立人提出の疎明方法に不備があり又は全然疎明がない場合においても、裁判所は必ずしも申立人に対し疎明すべき事項を告知し、疎明を促すことを要するものではなく、裁判所が右釈明権を行使しないで疎明がないとの理由で申立を却下しても、必ずしも審理不尽、理由不備の違法があるということはできない。原決定は、要するに大阪地方裁判所昭和二三年(行)第一〇五号並びに昭和三二年(行)第五一号併合事件の昭和三三年七月七日の口頭弁論期日に裁判官平峯隆が裁判長として審理に関与し、右期日に口頭弁論が終結されたが、右弁論終結の手続は適法であり、抗告人らの主張するように裁判長裁判官平峯隆が右弁論終結前申立人らに対し偏ばな予断を抱いていたことを認むべき疎明が皆無であり、申立人らの弁論を違法不当に制限したとの抗告人らの主張事実につき疎明がないとして抗告人らの忌避事由(一)、(二)(原決定記載)の主張を排斥したことが明らかである。そして、前記口頭弁論の終結の際の裁判所及び裁判官平峯隆の裁判長としての訴訟指揮がすべて適法であるとする原決定の一ないし三記載の理由はすべて正当であつて、前記本訴記録を調べてみても、裁判官平峯隆に裁判の公正を妨げるべき事情があることを疎明するに足る資料はないから、原決定には抗告人ら主張のような審理不尽、理由不備の違法はない。
同二、(ろ)について。
およそ「裁判官ニ付裁判ノ公正ヲ妨クヘキ事情アルトキ」(民訴法第三七条第一項)とは、当事者にその裁判官と事件との関係からみて裁判官が不公平な裁判をするであろうとの疑惑を起させるに足り、かつそれが合理的な判断によつて相当と認められる客観的事情をいうのであつて、当事者が単に主観的に不公平な裁判がなされるであろうと推測するような事情をいうのではない。従つて、その裁判官の訴訟指揮に関する個々の行為が当事者にとつて不満であるというだけでは、これに該当するものということはできないと解すべきである。そうすると、忌避の申立に対する裁判においては、右のような客観的事情の有無につき判断することをもつて必要かつ十分であるというべきである。記録を調べてみても裁判官平峯隆にはこのような客観的事情を認めることはできない。原決定は、前記本訴事件の裁判所が弁論を終結したことが、たとえ抗告人(申立人)らの立場において裁判長の釈明権の不行使等審理不尽の状態にあると思惟せられても、それが当然に忌避理由に該当するものとは断ぜられないし、裁判所が留保中の証拠の申出に対する採否の決定をしないまま結審したとしても、右は弁論終結の宣言により黙示的に却下されたと認めるべきもので、それがため裁判官の不公正な心証の存否を判定する資料とならず、抗告人らの弁論を違法不当に制限したことの疎明なく、又前記事件につき弁論終結に対する抗告人らの異議申立につき裁判官平峯隆が何らの応答しなかつたとしても、これをもつて同裁判官に裁判の公正を妨ぐべき事情があるということはできないばかりでなく、本訴記録を調べてみても同裁判官に裁判の公正を妨ぐべき事情を認めることができない旨判示しているのであつて、原決定は審理の結果裁判官平峯隆には、前に説明したような裁判の公正を妨ぐべき客観的事情は認められないと判断しているのであるから、原決定には抗告人ら主張のように審理不尽理由不備の違法はない。
同二、(は)について。
前記本訴事件の昭和三三年七月七日の口頭弁論調書によると、同日裁判官平峯隆は裁判長として右事件の審理に関与し、裁判長、弁論終結。原告代理人、民訴第一二九条により裁判長の訴訟指揮に対し異議の申立をする。裁判長、右異議申立に対しては決定しないと告げた。原告代理人、民訴一二九条により更に異議の申立をする。裁判長、判決言渡期日を来る九月一〇日午後二時と指定告知した。原告代理人、本件につき裁判長裁判官平峯隆を忌避する。と述べたことが明らかであつて、抗告人ら主張のように合議を弁論終結に導いた裁判長の訴訟指揮に対し異議の申立をしたことを認めるに足る資料はない。従つて、原決定が右口頭弁論期日調書により、抗告人ら代理人(原告ら代理人)が民訴法第一二九条にもとずき弁論終結の宣言につき異議を申し立て、次いでこれに対する裁判所の処置についても異議申立をしたものと認定し、これを前提として後に掲げるように判断したことは正当である。そして、訴訟指揮は原則として裁判所、それが合議制であるときは合議体たる裁判所がこれを行うものであるが、期日の指定などのように特別の場合につき裁判長の独立の権限が認められ、裁判長の独立の権限として行われた処置に対し不服があれば、当事者は即時抗告の申立をなしうることもあるし(民訴法第二二八条第三項等)、裁判長が合議体の代表機関としてその権限に属する訴訟指揮権を行う場合は、その処置に異議があるときは、合議体がこれにつき裁判するのである(同法第一二九条、二九五条、民訴規則第三六条等)。しかるに、弁論の終結はもつぱら裁判所の行うべき訴訟指揮であり、合議体たる裁判所にあつては、これを構成する裁判官の合議によつて決すべき事項であり、裁判長はその合議体の発言機関として弁論の終結を宣言するにとどまるものであつて、弁論の終結そのものは合議体の代表機関としての裁判長の権限に属するものではない。従つて、当事者は裁判長のした弁論終結の宣言に対しては、民訴法第一二九条により異議を述べることはできないし、右異議に対し決定しないとの裁判長の宣言に対し更に異議を述べることはできない。それゆえ、前示裁判所は抗告人らの述べた異議につき裁判をする責務はなく、同裁判所が各異議につき裁判をしなかつたことは当然といわなければならない。合議体における評議は裁判長がこれを開き、これを整理するものであるけれども(裁判所法第七五条)裁判長の右行為は当事者の不服の対象となる訴訟指揮に属するものではない。原決定は右と同趣旨の理由で右裁判所が異議申立に対し決定をする必要はなく、裁判官平峯隆がこれらの申立に対し何らの応答をしなかつたとしても、これをもつて不当であり、偏ばであるとすることはできないと判断したのであつて、もとより正当である。原決定には抗告人ら主張のような違法な点はない。
抗告理由三について。
抗告人ら提出の昭和二三年(行)第二四七ノ二号事件の判決正本によると、抗告人ら主張の事件につき、裁判長裁判官平峯隆、裁判官松田延雄、裁判官山田二郎により構成された大阪地方裁判所第三民事部が、昭和三三年九月一五日抗告人ら主張の判決を言い渡したことが疎明される。しかし、裁判官平峯隆が本訴事件と同種の他の事件につき抗告人らの意に満たぬ判決を言い渡したことがあるからといつて、そのことだけで本訴事件につき同裁判官に公正を妨ぐべき事情があると認めることはできないばかりでなく、本件忌避の申立は前記のように昭和三三年七月七日なされたのであるから、その後の同年九月一五日に前記判決がなされたことをもつて、遡つて本訴事件の弁論終結当時裁判官平峯隆に抗告人ら主張のような忌避原因があると認めることはできない。その他に抗告人ら主張のように同裁判官につき裁判の公正を妨ぐべき事情があることを認めるに足る資料はないから、抗告人らの主張は採用することができない。
抗告理由一について。
抗告人ら主張の一の忌避事由がすべて理由がないものとする理由は、以上に説明する外、原決定の理由一ないし三記載と同一であるから、これを引用する。
他に記録を調べてみても、原決定は違法の点は認められず、本件抗告はいずれも理由がないから、民訴法第四一四条第三八四条第九五条第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 熊野啓五郎 岡野幸之助 山内敏彦)
抗告の趣旨
原決定を取り消す。
大阪地方裁判所昭和二三年(行)第一〇五号並に同三二年(行)第五一号併合事件の昭和三三年七月七日の口頭弁論期日に於ける抗告人等の裁判長裁判官平峯隆に対する忌避申立は其の理由あり。
との御裁判を求む。
抗告の理由
一、抗告人等の本件忌避申立の事由は原審に提出した昭和三十三年七月九日附申立書の忌避の原因及び疏明及び同年八月廿二日附答申書の通りなり。
尚詳細なる疏明は追完すべし。
二、原決定に対する不服の要点。
(い) 原決定は忌避の原由の存在に付き疏明皆無なりと判示するが、其の説示する所は訴訟指揮に違法なし。仍つて異議申立は不適法である。且かゝる申立につき許否の決定を下さずとも適法であると謂うに在り。
然し疏明皆無とは何の意義か理由不備の判示である。疏明不備ならば何故に申立人を審訊するか。疏明すべき事項を告知し疏明を促すべきである。之は忌避裁判所の公正なる審判の職責である。此釈明権を行使せずして疏明皆無を云為するは理由不備審理不尽の顕著なものである。
(ろ) 原審は我訴訟法上忌避裁判の指針である大審院判例集第一八巻第二一号五五七頁所掲昭和一〇年(特)第一号判事忌避申立事件の判例に違反し申立人の主観的推測よりして平峯裁判長忌避の原因を肯定するに足る疏明なしと判示するが、一件記録上に於ける審理の状態よりして客観的に平峯裁判長の訴訟指揮に偏頗不公正ありと推測し得るや否やに審及しなかつたのは理由不備審理不尽である。
(は) 原審は現行民事訴訟法理上依然肯定する旧民事訴訟法第二一六条第一項の法意を無視し、原爆的暗打的弁論終結の宣言を為す決定の合議に導いた平峯裁判長の指揮に対する申立人の異議をば口頭弁論終結の宣言自体を以て異議なりと妄断したものである。疑義あるならば申立人に対し其の法廷に於て表白した裁判長の訴訟指揮とは何を意義するやに付いて忌避申立人に釈明すべき筋合である。事茲に及ばずして右異議申立は法律上理由なしとし一蹴したことは忌避事件の裁判として審理不尽の至である。
二、参考判例
本件忌避申立後大阪地方裁判所第三民事部は二三年(行)第二四七号の二事件に付き別紙の通り判決を下した。
右事件に於ける請求の趣旨本件訴状準備書面に於ける請求趣旨と同様である。而して訴訟進行数年後大阪府知事に於て買収令書の瑕疵を自認し之を取消したものである。本件に於ても大阪府知事に於て昭和二十七年二月六日買収令書を取り消して居る。即ち右判決以前即本件忌避申立当時に於て第三民事部は買収手続に関しては右判決に判示すると同一の見解を内定し居り、又買収令書取消の効果についての見解も確定し居り本件について進んで証挙調を行わず請求趣旨自体で訴却下の判決を下すに足ると内定し、原告に此却下を避ける為めの請求趣旨更正を行うの機会を与えずして突然弁論終結の宣言即原爆的暗打的宣言を敢行したものと推断するに余りあり。抗告代理人は右忌避申立後三ケ月を経て初めて如上のカラクリコンタンを覚知した。
右判決により同部が農地行政訴訟につき如何なる法律上の見解を有するかを明認し得べし。抗告代理人等に於てはかゝる判決には信服出来ず敢然控訴して居る次第である。